小倉洋館

マラソン大会に出場する市民ランナーが即売会で無人少女を追っかける情報&日常系ブログです。和風が好き。

久々の無気力感 

何もすることがない。何もする気力がない。
それすらも分からない。ただぼーっとしているだけである。

仕事から帰ってきてそんな状態になっていた私でした。
なお、現在も似たような状態である。

しーんと静まり返った部屋でただひたすらPCに向かってマウスをぽちぽちと。目的もないので本当にただお気に入りのサイトを見て回ったり、iTunesでなんとなく音楽をかけては右から左にぬけるように聞き流している。ものすごい無駄な時間をすごしているなーって思います。
こんなことだったらもっと仕事していたかったなどと昔の自分ではあり得ないことすら思い浮かんだり。以前は真面目に「働きたくねぇ!」人間だったんですよねぇ。

こんな状態になるのも久々です。
思えば、いつもは特に何かすることがなくなってぼーっとしていることがあっても「無駄な時間を過ごしている」と言った考えは浮かんできませんでした。それが何もしないで時間を過ごしていることを「苦痛」に感じている。
2年前に鬱になったときは似たような症状(もっと重い)に見舞われましたが、なぜこういった状態になるのでしょうか。

ヒントになったのは、昨日近くに住んでいるTwitterのフォロワーさんとラーメン屋で食事をしたときの話であったのですが、もしかしたら無意識に自分を他人と比べて、現状の自分に失望している自分がいるのではないかということです。
まあ詳しいことははぐらかしますが、あることで他人は頻繁にやっていることでも自分は交友関係的にすることができない。それに対して羨ましいと思うと同時にできない自分に苛立ちが積もっているのかもしれない。
はぐらかす時点でそのことにコンプレックスを抱いていることは明白なんです。

そういった思い悩むことが、普段は意識していなくても自分の日常に影響をもたらしているのではないかと思うのは何の根拠もない想像です。
たまたまやる気のなさとやることがないのが重なっただけかもしれません。
かもしれないだらけで確かなことがなにもない、もやもやしすぎてあれですね。言葉にもできません。

あと気付いたのが、こういう無気力な状態のときってあまりお金を使わないようにする傾向にある気がします。
症状が重すぎると鬱から脱出するための本を買ったりとか当時はしていましたが、症状の軽い微妙なやる気のなさってなんかね。
思い切って温泉に行って癒しを求めに行ったりしてもいいんですが、やっぱり「思い切り」も失われているように見受けられます。
あんまりお金を使いたくない、身近なところで何か暇つぶしになるようなことを見つけたい。でも家から出て結局いつもと変わらない以下のことしか満足が得られないんじゃないかという不安を抱いてしまう。

まあさっきはとりあえず近所のスーパーのフードコートで本でも読んでましたけどね。
特に何かあったわけではないですが、でも気晴らしにはなったのかも。
「散歩」は鬱状態のときの気晴らし効果にはいいそうです。夜だし寒いので徘徊みたいになりましたが。

長々と書いてきましたが、一番の要因はいつも暇な時間にできていたことができないことなんですよねぇ。半分ははっきりしているんです。半分なのにはっきりしているとは如何に。

走ること、ジョギング、ランニング。

右膝の痛みの関係で走ることを中断しています。
2週間前から痛みと鎮静を繰り返してきた膝の痛みですが、これは走らずただ休みを入れただけでは治らないのでは?と思い、やっとですが今度病院に行くことに決めました。
軽いものならいいのですが、長い期間を経る治療をしないと治らないという重い症状だったらどうしよう・・・・と思うと怖いです。まあそれだったら病院に行かないより全然マシなので行くしかないのですが。

そんなわけで普段できていたことが急にできなくなると心にぽっかりと穴が空いたような、どうしていいのか分からないそんな感覚になります。

つまりこんなほげーって言いたくなるような状態も病院に行くまでの辛抱?
とりあえず行けば現状は変わるかもしれませんね。
お医者さんから絶対安静とか言われるかもしれませんが、そのときはそのときで治療に専念しましょう。専念できるという意識が芽生えるのでそこから別のやる気が生まれるかもしれませんし。

来週は楽しいことも待ってますし、それに想いを馳せることにしましょう!

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