小倉洋館

マラソン大会に出場する市民ランナーが即売会で無人少女を追っかける情報&日常系ブログです。和風が好き。

三つの大罪-孤独- 

今日は私の抱えている悩みのお話をします。
三つの大罪、大きく分けて3つの悩みがありますが、その中の『孤独』について。

ちなみに三つの大罪(みっつのたいざい)の元ネタはキリスト教のカトリック協会における用語「七つの大罪(ななつのたいざい)」を用いています。この言葉自体はカルマルカ*サークルから知ったのですが、意味は「人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のこと」でそれが七種類あるよということです。
それで私はそれに通ずる三つの悩みを抱えているので三つの大罪と名付けてみました。罪に導く可能性があるかどうかは別として、言葉の響きと雰囲気がかっこよかったから使ってるだけだなんて言えない。




孤独、三つの大罪の中では一番若い、つまり感じてきた期間が短い悩みです。
ここ1年の間で特に感じるようになってきました。
なんか自分ぼっちだなーとか、誰もいない寂しいといった孤独感は誰でも感じたことはあると思います。内容としてはそのままの意味です。たまーにだったらいいんですが、それを頻繁に感じてしまうからさあどうしたらいいんだろっていう話です。
別に自分はぼっちじゃないんだろうなーとは分かってても孤独感からは逃げられません。

どういうときに感じてしまうのか、主にはTwitter上でだったり遠征してイベントでだったりします。
キーワードは「通話」。ネットがあるだけで無料で通話することができるSkypeというものを多くの方がご存じだと思いますし、利用している方もたくさんいるでしょう。
私もTwitterを始めてからしばらくして使う機会があったので登録し、現在では有り難いことに多くの人の数が登録されています。ただ通話までしたことがあるのはほんの一部の人だけ、それも一回きりの人もちらほらいます。
さらにコンプレックスに感じているのが、複数人で通話したことがほぼないということです。Skypeを登録して約2年半の間で3人以上で通話をした回数は3回のみ。さらにその3回の内2回はほぼ無言、しゃべっていません。
はい、これが自分を孤独にさせる理由の一つ。
「複数人いる場所ではしゃべらなくなる」
"しゃべれなくなる"でもあり"しゃべらなくなる"でもあるなんだと思います。
元々自発的にしゃべろうとする人間ではありませんが、二人の場合はもうどちらか一方が無言になると会話が成立しないので(別にそういうことを意識しているわけではありませんが)しゃべります。この「しゃべらざるを得ない」雰囲気が無意識に働いてしゃべっていると考えられます。
ただ3人以上の場合は、無理に自分が会話に入らなくても会話は続くし、そもそも会話に割って入るのは苦手で何を話していいのか分からない・・・とあれこれ思ってしまい(これは無意識ではなく確実に意識しています)なんかもう無言になってしまいます。ただこれは会話している人にもよります。
Skypeの通話を例にして出しましたが、実際に人に会ったときでも同じことが言えます。なかなか会話に入るタイミングが掴めないというやつですね。

Twitter上では複数人で通話をしていた様子がたまに見受けられまして、その度に羨ましいだの自分はそんなのに呼ばれたことないのにとか沈んでしまいます。
基本的には皆でゲームをやったり、あとはイベントなどの会議?をするときに複数人で通話をすることが多いようですね。「多いようです」っていうのは私が経験したことないので推測で言ってるだけです。特にモンハンのような複数人で協力し合って戦うゲームが有名でしょうか。
思い返してみれば私はポケモンだったりえろげだったり艦これだったり、基本的に1人でできる、多くても対戦で2人まででしかできないゲームばかりやってきていました。誘われる「理由」を持っていなかったのです。
理由が分かったからと言って皆とわいわい通話したいがためにそのゲームを始めるなんてことはしなく、むしろ堅くなに拒むのが私。変に意固地なところがありますからね。

通話の話ばかりになってしまいました。次は遠征時のことです。
私がイベントでよく東京や大阪に行くことは周知の事実だと思いますが、誰とも会わずに自宅に帰ってきたという悲しい過去が・・・・。以前は約束なぞしなくても合流してその後遊ぶなり食べに行くなりするということが通例だったのですが、徐々に徐々にそんな人と会うことも減り「ぼっち遠征」が増えてきました。とても悲しいですw
この「昔はよかった」思考も孤独感を煽る要因になっていると思われます。
何をしなくても自然に人の輪に入れた、そんな過去があるから今の現状に不満をもってしまうのです。なんとも情けない話です。
それに言うほどぼっちなときはないと思います。人と会わないなーという印象をもってしまうとそれだけで気持ちが下向きに行ってしまう。

これまでに三つの大罪の一つ「孤独」がどんなことか、そして具体例を出してきました。
自分の気持ちとしては現状を変えたい!ということはなくて、この「孤独」感がない心持ちでありたい、のです。
よく言うじゃありませんか。ようは考え方一つ、心の持ちようだって。
いつまでもこんなことで悩んでいたくはありません。そんなの誰だって同じです。
いつまでも同じ場所で踏みとどまってはいられません。
過去の栄光にすがりついてばかりいないで、先に進まねば。

他の大罪については、時が来たら話すことがあるかもしれません。
・・・・とかっこよく言ってみる。

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